取り留めない日常の潤い

    • 紹介

  • 御笠川でエイとコイが混泳

    短じかく刈り込んだ髪を維持するのは、意外と大変だ〜。3ミリカットで清潔感を決めているつもりでも、髪の毛が伸びるのは結構早く3週間ごとの散髪は欠かさない。…っと言うより2週間も過ぎると髪の毛を指で摘めるようになり、気持ち悪く気が気でない。伸びた髪の毛や爪もある意味、排泄物なのだろうか?身体に蓄積した邪悪な何かを、体の先端に位置する指先や頭部である爪や髪の毛に巡りの送っているに違いない。

    不浄は早くお清めを旨とする生活や仕事を意識しているので、どんなに多忙でも身体の調子が悪くっても、週一の神社仏閣へのお参り同様に定期的な床屋通いは必須としている。

    近年、個人事業主はどこもそうなのだろうが、床屋さんも後継者不足で店舗や理容師が足りなくなっているらしく、最近では予約制となっている。今回は朝10時に予約。7時過ぎには出勤して早めに一仕事を終え、トボトボ歩きながら床屋に向かう。天気を良いし清流とは言えないけど、気分転換に御笠川沿いを覗き込むといつものようにコイが優雅に泳いている。

    あれ?広く黄色味かかった座布団のような他の魚も泳いっているけど…ってエイだ〜。こんな街中に近い川でエイがいるとは驚き〜。それも普通は海にいるはずの魚なのに…

    ここは海まで2キロ程度の道のりで、博多駅付近は海水と川の水が混じる気水域だろうし、塩の満ち引きで塩分濃淡が変わる事はあるだろうが、エイとコイの泳ぐ姿を同時に見る事が出来るなんて想像だにしなかった。

    エイは海岸線近くにも居るから気水域でも生息するか…でも、コイって塩分を含む水でも生きていけるものなの?関係ないけど、生活排水を含んだであろう、お世辞にも綺麗でない川なので、そこに住むコイを食べようとは思わないけど、魚肉に塩気がありそうでなんだか不味そう。

    …ってあれこれ考えながら歩いていると、かなり気温も高いようで結構汗が出てきた。これからサッパリしようと床屋に向かっているのに…

    少し汗ばむ程度の過ごしやすい秋晴れに、エイやコイも我を忘れているって程度に、多分絶対に間違えている自分勝手な結論に納得して、難しい事を考えるは辞めよう。まあ、珍しい光景を見ちゃった位に、幸運を味合うだけで良いんじゃない。エイやコイがどこで泳ごうが、お互い同じ川で出会って争い事になろうが、相思相愛になろうが、どうでもいいや〜。世の中、多くの珍事や情報は自分の生活や仕事に直接関係ないもんね〜!

    ↓水面を携帯の写メで撮ってもエイの魚影は明確でない。(汗)

    2024年9月26日

  • 愛宕神社に朝陽は似合わない。

    9月14日(土)週に1度は拝殿に向かう正面の石段、観世音寺へ降る階段を登り、体力増進と健康維持、何と言っても眺めと緑で目を癒し、健康に過ごしている事を神仏へ感謝。

    約12年間、何せ結構、必死にこなし続けた定期的な取り込みだけあって、お賽銭を奉じ風景を愛でる余裕すら、いつの間にか疎かになっていた。

    たまにはお札でも買い替え、いくらかの奉献をし、それに加えて季節限定の御朱印が目に付いたので、自室の装飾に風紀が良くなりそうとの直感で購入。しかし、ベラっと紙一枚を壁に貼るだけでは物足りないかな〜?オシャレに飾りたいと丸型の額縁もネットで注文。

    しかし、丸い額縁に長方形の御朱印を挟むだけでは、これまた味気ない。どうにか御朱印が映える背景や台紙はないかと悩んでみた所、愛宕神社付近の木々、日の光が注がれた写真を背景にするとカッコいいとピンと来た。

    よし、また、愛宕神社への石段を登り写真を撮りまくるぞっと意気込んで、翌朝は日曜でありながら、7時前にはポケットに入れた携帯の重量に耐え…大袈裟だけど…お参りと風景の撮影に愛犬と出かける。朝陽を散々と浴びた木々の緑を御朱印の背景になんて、我ながら良いセンスと自画自賛しながら石段を登り始めた。

    しかし、早朝だけあって太陽の光は右手水平方向から当たる状況。要は建物側の建物や高く茂った木々から朝陽は遮られ、日陰ばかりの風景に気持ちが沈む。それでも折角、早起きして厳しい急な石段を登っているのだからと気持ちを奮い立たせ、美しい御朱印を装飾する背景として相応しい写真を何とか撮ろうと歩みを進める。

    数枚、燦々と日光が降り注ぐ写真も撮れたが、上方向に携帯を構え木々の上部を狙う。でもやはり神社の参道を彷彿させる物でないと、有り難みが半減するかと拝殿直下の鳥居から石畳の参道からの景色を眺めても影。手摺りや門の朱色は映えるように思うけど、それでも日陰大半で日光が注いだ感じでないと、きっと暗く明るくなれない部屋飾りとなるに違いない。週に1度はお参りと身体の鍛錬に通っている神社でありながら、バシバシと風景の写真を撮りまくる。

    それなりに素材はあるかな?でも神社を照らす初秋の陽の光を写真に納めるなら、真上から太陽が照らす日中に来ればよかったのか?既に9月も中旬と言っても最高気温は35度近くになり灼熱の最中に急な石段を登るのは辛い。暑さ寒さも彼岸まで後1週間ほど待って再度、愛宕神社と陽の光を写メデータに納め綺麗に御朱印を飾って見せる。気持ちが折れて違う素材を採用し御朱印をお祀りするハメになりそうな気もするが…

    (後記)

    自宅の部屋、それと事務所の自分の部屋に神仏ゆかりのお札、御朱印、経本などを飾り、仕事や読み書きを心地良く過ごしやすい佇まいにするように最近と取り組む。

    不思議な物でネットや商店街で購入した物を適当に飾ってみるだけでは、何とも味気ない。やはり神社仏閣に自ら出向き、そこに辿り着いた有り難さを胸にい心を込めて参拝した上で、手にしたお祀り道具でないと、どう配置し装飾するれば嬉しい環境になるのか、感性が冴えない。

    時間が許す限り、木々の明緑や鬱蒼として草木、歪な形や整然とした石を滑る清水の流れなどを心と無意識に蓄えて住まいや仕事の風気造りに役立てる感性っが大切なのかな?

    2024年9月25日

  • うなぎの洗いを食いやがった!

    先の三連休は、予告もなしに思いがけず長男と次男が帰省。 連休初日は繁華街へのお出掛けを予定していたが、急遽、家族で晩御飯を食べることにした。

    「お父さん、誰と飲むつもり?何だか怪しいなあ〜」

    「別に怪しくないぜ。ヨガのインストラクターと瞑想でもしようかと…。行ってきていいかい?」

    「ダメ!充分に怪しいやん!」何て二十代後半になる息子たちとたわいも無い会話を交わし、残暑は少々厳しいが鍋料理でも突きながら、勤務地での暮らしや仕事の調子を尋ね、心配事なく元気で健康的に過ごしているか確認する。

    自身は近所への散歩程度しか活動出来ないのに、やはり若い連中は活力に満ち満ちている。宮仕えのサラリーマンとしての心労、ベンチャー企業での待遇の悪さなど心身共に疲労も蓄積しているだろうに、夜遅くにスーパー銭湯に行ったり、地元での親戚への挨拶回りなど活発に行動している。

    実家に帰って来た時くらいは充分な休養と栄養を取ればいいのに、なんて余計な心配もゴリ押ししたい親心。連休最終日には英気を養うために昨年来、我が家のブームである鯉料理を食べさせたいと、二日市にある“川魚料理ひろまつ“へ…とは言え自分自身は業者と打ち合わせの予定があり、私を除く家族で鯉料理を食べてそれぞれの勤務地へ帰る事になった。

    いいなあ〜。鯉や山女を食べると身体の循環が良くなって元気になる事はもちろん、普段の仕事中に座り続ける負担で痛んだ消化器系の滋養に効果抜群なんだよなあ〜。鯉料理と米の相性は抜群でご飯が進み、山女の背ゴシの香りはたまんない。想像するだけでもヨダレが出そうな羨ましさに苛まれる。

    「父ちゃんは行けないので、せめて写メをLINEで送ってくれ!」

    川魚料理を食べた後に空港に直接へ向かって東京へ帰る次男に頼んでおいた。

    あれこれ休日の仕事や愛犬のお世話をこなし、業者との打ち合わせに対応し、それなりに忙しくしているとLINEの着信。息子たちが注文した料理の写メを見ると…鯉コク、鯉の洗いと刺身、佃煮、山女の背ゴシ…まあ普段よく食べる品が見て取れるが、なんとそこに高価で普段は注文を躊躇する“うなぎの洗い“が…

    怒りと妬みを込めたLINEを返信「うなぎの洗いも食ったのか?」

    「初めて、ひろまつに行ったけどメチャクチャ旨い!冬場にはフナの洗いも食べたいなあ〜」

    「父ちゃんでも滅多に食べれないのに〜!」

    「脂の乗って美味しかったよ!」

    何だか悔しい…50歳代後半にもなってまだまだ大人になれない自分も情けない気もするが…。

    2024年9月24日

  • 西新商店街から紅葉八幡へ散策

    日中のお昼時、そうは暑くないだろうと愛犬の散歩にお出かけ。普段通り氏神様である小童神社へ。今日は青々とした晴天が広がり過ごし易い。いい季節になって来たせいか人々も活動的になって来たように思う。他の犬の散歩の方とは出会わなかったが、道路舗装工事に勤しむ工夫方、自転車でスマホを操作するお嬢さん、コンビニで買い物する顔見知りの理容室のママ…自身もこのまま家に帰ってダラダラ過ごすのも勿体無い。愛犬を留守番に家に残し再度外出する事にした。

    地下鉄、室見駅方向へ進路を取って歩き始めた所、北風がかなり強く肌寒い。万が一に備え長袖のシャツを着込んで来て良かった〜。幾分は身体の冷えを回避できるので安心して街を歩くかと意気揚々とする。しかし、給料前という事もありお手元不如意…これは極力出費を抑え歩くだけにしないと…野垂れ死…大袈裟な…当分メシの回数を減らす事になりそうだと二駅だけ地下鉄移動して西新駅から引き返る散歩ルートを採用した。

    久しぶりに歩く西新商店街。めて行くのは5、6年ぶりかな?三連休の最終日ということもあるのか、結構、人も多く賑わっている。本来、個人商店もそこそこ軒を連ねている商店街のはずが、八百屋さんやお肉屋さんも店を開け、食事向けの買い物中の奥様方も多い。何気に食事をするお店も増えたように感じる…新装プラリバ地下のナイルカレー、とんかつ屋さん、蕎麦屋さん、パン屋さん…クリームパン一個220円って高い!

    地下鉄では西新から藤崎の一駅の間を意識的に歩いてみると大した距離ではなく、それほどの疲れもない。こんなに余裕を感じるのであればと、ちょっと脇道に逸れて紅葉八幡でお参りに行くことにした。昨日、愛宕神社への急な石段を登って多少の筋肉痛を抱えているはずなのに…。短くっても木々の緑に満たされた神社への参道を登ると気分も高揚するしご機嫌でワクワクする。

    この頃は神社仏閣の太い幹の木々を見ていると、生命力や活力を心身に取り込んだ感覚を覚え調子に乗って見境が無くなるのは気のせいかな?本殿に手を合わせ振り返ると社務所にお札やお守りが置いてあり、つい見入ってしまう。御朱印や木札の文字や色合い…かっこ良い〜って、気がつけば財布の中身が減り、どんな風に身近な場所にお祀りしようかと、ウキウキしながら家路につく。

    2024年9月23日

  • 深酒翌日の愛宕神社

    昨夜遅くの雨は激しかった〜。珍しく繁華街で遅い時間まで飲み歩いたが、馴染みの居酒屋で夜食でも食べるかと移動したいる時も到着してからも、打ち付けるような豪雨。

    悪天候でなくっても最近、タクシーを捕まえるのも一苦労するのに、こんな日に夜の街を徘徊していると何かのバチでも当たったのか?

    日中は深酒し過ぎのせいか10時頃に起床し、日中ゴロゴロして過ごしたが、身体の中身がドロドロとした悪いものでも巡回している実感を解消しようと夕方16時過ぎには愛犬を引き連れ愛宕神社へお参りにお出掛け。

    室見川に架かる橋を渡っていると何だか北からの風を感じ、どんよりした雲が立ち込めしている嫌な天気。それでも流石にお彼岸に中日ともなると、かなり最高気温も下がり携帯で確認すると30度は下回っている模様。

    幾分、身体の鍛錬に対する気温の影響による苦痛は和らいでいるが、それでも結構な暑さを感じつつ急勾配な石段の参道を大汗を流し拝殿へ向かう。

    あれ?9月も下旬というのに夏同等の身体の火照りで給水したくなるし、蝉もまだ鳴いている。昨夜の大雨が過ぎれば涼しくなると思っていたのに〜。二往復目、観世音寺への階段を登り降りすると、もはや倒れそうなくらいに辛い。

    秋はもうそこまで来ていて、旅行に運動に良い季節にはまだ暫く時を要するのかな?って毎週恒例の愛宕神社二往復お参りを済ませ、昨夜遅くまでの酒を身体から排出し、ちょうどいい具合にお腹も空いてきた。

    まあ、どうこう言っても元気に明るい日常に過ぎないか?

    2024年9月22日

  • 手拭いを額縁に納める

    馴染みにしている漢方薬局から手拭いを頂く。なんと有難い事に「比叡山飯室谷不動堂」特性の手拭い。

    普段の健康造りは回峰行を手本とし…というより全くなんちゃっての真似事で…週一必ず愛宕神社2往復や宝満山といった緑豊かで急な勾配を登り神仏に手を合わせる事で心身の浄化や鍛錬を、ここ12年間ほぼ欠かさない。

    おかげで大した病気をする事なく、運動不足とは全く無縁で筋肉も落ちる事なく、ご飯やお酒も美味しく口に出来て、生活や仕事の基盤となっている。

    50歳代後半となっても文章を書いたり英数字と格闘したり、パソコンと睨めっこしたりと、腰や肩に負担を掛け、目が疲れる日常が継続している。意識しないと運動不足はもちろん過食や疲れの蓄積といった不摂生の連鎖で、心身を邪気が蝕み苦痛や病を引き起こす事間違いない。

    世には脂質や心肺機能の正常値を定め、その値自体を達成出来さえすれば合格という風潮で、人の健康を測っている。しかし、何故か健康で快適といった事は肌身で実感出来ないと痛感する機会があり、一層古来からの健康法を日常に取り入れようと比叡山の厳しい回峰行に挑む高僧の普段の過ごし方を手本にしてきた。

    そうした過去の経緯もあり、飯室谷不動堂ゆかりの物を頂戴出来るとは、神仏の手厚いご加護を手にした感激で、さっそく事務所のデスク前にお祀りする。しかし、適当な飾り方が分からず、罰当たりな事に当初はカーテンレールにクリップ留めし、手拭いを眺めていた。

    それにしても何とも言えない気高い風紀を発し、これからの方向性に対する考えや纏めようとする文章に冴え来たし、ハッと驚く思いつきを呼び寄せる。これはキチンとお祀りして宝にしなくっちゃと、漢方薬局の先生から画材屋さんを紹介頂き、出向いて相談のうえ額縁へ手拭いを納める注文までした所、すごい逸品に仕上がって来た。

    ひたすら感謝感激。この三連休は自宅自室に飾っているが、週明けデスク前に掲げお祀りする事が楽しみで仕方ない。今、机に着いて仮置きしてこの文章を書いていても、捗って仕方がない。このまま、会社へは持って行かずに自宅に飾ろうかな?…どうでもいいような嬉しい悩み、気分のいい覇気に苛まれたようで…暫くは一人ニヤニヤ、心中なんだか嫌らしい笑みを浮かべて過ごしていようかな?

    2024年9月21日

  • はじめに

    令和6年9月も直ぐに下旬になろうとしているのに、最高気温は30度を上回りまだまだ暑い。暑さ寒さも何とやらと言っても、外を出回ると下着がグッショリ汗で濡れ、事務所の机に向かっていても湿った服で意欲も底から上向かない。

    心地良い普段を過ごすって、そんなに難しく大変だっけ?

    圧迫感満載の地下鉄に揺られ、通勤中の殺気だった人混みに溺れそうになり、一口目は抵抗感がなくっても満腹になると身体が拒否しているメシを食い、士や員と名のつく偉そうな方々から僅かな実りの上納を強いられ、しかも安価を追求し過ぎる反動のせいか色々な品物やサービス価格はジリジリ高くなっている。

    根本的にはそれもこれも快適や豊かさを追求する欲望が枯渇している世相のため…って言うか、いつの間にか愉快や嬉しさを否定する事自体が美徳であるかのような価値観が多くの人々の心身を苛んでいる気がしてならない。

    この頃、仕事自体は暇だ!まあ時には普段自分が過ごす場所の不快感を拭い、心地良くぼーっと時が過ぎるのを忘れ、いつまでも暇つぶしが出来そうな空間でも造ってみようか?埃っぽく散乱している住まいや職場の風紀に嫌気もさしているので、いい時期にいい事を思い立ったものだと様々な空間の模様替えでもしてみよう。

    今年まだ寒い時期、凍える50歳代後半の身体に暖を満たそうと、何気なく“イノシシ肉“を買って豚汁ならぬ根菜を沢山入れたイノシシ汁で、英気を養う。

    街中の店舗で買った鶏の唐揚げの類を食べても、何だか栄養がないような?脂分が鶏肉自体ではなく他に混入されたような違和感を覚える。これは飼料や運搬に関する費用の高騰でニワトリが食べる餌など飼育環境の質が悪くなっているような気がして食卓に一工夫。

    イノシシなら山林で筍や芋を沢山食べて脂を蓄えている豚にたいな獣だろうと色々と料理に使う狙い的中。食べ終わると大汗が出て身体が暑い熱い。

    そうした居場所造りや世知辛い周囲を少しでも気持ちがいい快適な日常に、自分自身に潤いが保てるような雰囲気や普段の生活を…そんな取り組みや成功談、失敗談はたまた単なる記録として書き綴ってみよう。冒頭としてはちょっと暗めの書き出しになってしまったけど、明るく楽しく心地よくを旨に筆(キーボードだけど(汗))を進めますね。

    2024年9月19日

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